Ruby on Rails 学習帳

Ruby on Rails を学びEdtech系 クラウドサービスを作りたい。wまでの色々を綴ります。

Ruby on Rails 少しサボってた言い訳と教育について振り返ってみた。

Ruby on Railsを少しさぼっていた。

理由は簡単である、PythonとUnityをやっていたらから。 そして、もっというとこれからArduinoに手をつけようとしている。

どっちつかずのようだが、浅く広く知っていないといけない立場に いるので、何ができそうかを知る事と、どういう文化があるのかを 知るために自分で体験し、腑に落ちる状態に持っていくには必要な 事と思っている。

人間には、目で学習できる人と、聞いて学習できる人、そして体験 しないと学習できない人といるようで、僕は体験しないと学習でき ない人なんだろう。

理屈が通っている事を発見できるかどうかが、知的好奇心を満足さ せる事に繋がる。理屈が通る点がわかると、なるほど!となる。 このなるほど!がないともやもやして仕方がない。

もっというと、覚えられない。学生の頃、このなるほどと思える点を 聞きたくても、これはそういうものと教わり、そんなの時間ないから 今はこれを覚えておけば良いというような事を言われ続けた。

今思えば、あれほど学習意欲むき出しの学生を突き放しておいて、 自分の思い通りの内容だけ覚えてこい!という教育をしておきながら、 その考えについていけない学生を突き放すというやり方に、本当に

勉強しないのはその本人が悪いという一言で片付けて良いものか? と思ってしまう。

昨年、とある仕事で、小学生の先生に仕事でお会いする機会があった、 ICT関連の導入説明での対面である。初対面にもかかわらず、その先生は こんなものはダメだと一言で突き放し。(そこまでは、製品についての話 なので、ダメなものはダメ、何故だめかを伝えてもらった方が良いので、 ありがたい話し)だが、それ以上になんでこんなものやんなきゃなんねーんだ。

というような口調に驚いた。製品云々の前に一人の人間として対峙しているので あり、人としての尊厳を重んじて欲しいと正直に思った。これは、私に対して要求 しているのではなく、先生の尊厳を損なっている点、もっと自分の尊厳を重んじて 欲しいと思った。

かたや、今年度は別の教育ICT系のハッカソンで、参加されている先生とお会いする 機会もあり、同じチームで色々と試行錯誤を重ねる経験も得た。

立場による意見の違いなどは当然に見られたのですが、そこで知り合った先生方は 大いに尊敬できる教育についての見解を持ち、かつ人としての尊厳や心の広さなど 良い人と知り合えた。と心から出会いに感謝した。

良い人と出会えると人生は豊かになると思えた。 僕らは社会で生きているのであり、お互いに尊敬できる環境という事は、この上ない 幸福な暮らしではないだろうか。

と、少々Rubyの話しとはずれましたが、少しでも良い影響を社会に与えるような サービスを作るために気を新たに学習再開します。